なんでもない土曜日

土曜日ということで昼過ぎに起きる。平日と休日の起床時間を揃えることが生活リズム的自律神経的な何かを整えるためには重要らしいけれども、守れていた試しがない。重要と分かりきっていることに重きを置けない毎日を送ってしまうのは、人間としてバグっているような気がするけれど、それこそが人間らしさであるのかも。行き過ぎれば状態異常のバッドステータスって感じだけれども、まあ、多少のバグを内包しているのが人間ということなのでしょう。そうであってくれ。

外出したが、風が強い。そのくせ寒くなくて、もう冬が終わったのだと思わされる。まだまだ冬服のコートを着ているけれど、内は肌着の半袖Tシャツ、その上に薄いカーディガンを着ているだけなので、トータルで考えればちょうどいいのかもしれない。そこにファッションセンスはないが、身だしなみとオシャレは似ているようで全く違うし、とりあえずまともな格好であれば生きてはいける。

とはいえ、遊び心としてファッションを嗜むくらいの余裕を持つのはいいと思う。H&Mで買っためちゃんこ安いボトムスに履き潰した革靴を合わせるのはどう考えてもミスマッチで、味気ないばかりか余裕のなさが見えてしまう。実際は余裕がないというよりずぼらという話で、革靴を履くのもスニーカーを履き潰して捨てて以降新しいものを買っていないというだけに過ぎないのだけれど、贅沢する余裕はないとはいえ、数千円の靴を買い直すくらいのお金は持っているのに、それでもなんとなく気が乗らないと放置しているのは、なんか、なんというか、改めて文字にしてみると自覚せざるを得ないな。ずぼらというか、不清潔というか。

2月下旬にABCマートへ物色しに行ったりもしたが、欲しいと思うほどのものが特になかった。それでそのまま帰ってしまったのだけれど、思えば靴下は特にこだわりもなく頻繁に買い直してそこそこのクオリティを保っているのに、靴についてはなぜ同じように考えられないのだろう。靴だって消耗品だ。だったら気が乗る乗らないに拘わらず、消耗したら買い足さなければならないだろうに。毎日同じ靴下を履く以上に不潔なことはないが、それは靴だって似たようなものなのではないのか?

なんとも嫌な結論が出てしまったが、不清潔なのは勘弁願いたいので、靴を買わねばならん。変にこだわっても仕方がない。クオリティを上げるためのこだわりが、結果的にクオリティを下げているみたいな状況を思うと、こだわるためにはある程度クオリティを担保するものが必要なのかもしれないな、と思う。余裕とか、バッファとか、そういうもの。遊び心は、宙に突然生まれるわけではないというか、土台が必要というか、そういう話。遊ぶって簡単じゃないね。

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