イラストレーターに対して感じる傲慢なこと、横柄なこと

そこそこの期間Twitterでイラストレーターや絵描きの方々をフォローしていると、それまで趣味絵しか描いていなかった人が、ある時から仕事絵に比重が傾いていくようになったりする。それは、その人がイラストや絵を仕事にできるようになったということで非常に喜ばしいことであるし、広く活躍し始めて一般の書店なんかでその人が描いたカバーイラストの書籍なんかを見かけるとなんとなく嬉しくもなってしまうのだけれど、時としてその嬉しさが薄れていき、気づいた時にはその人のイラストをあまり見向きしなくなっていることがある。

イラストに限らず、似たような話はよく聞く。音楽でも、好きなバンドや音楽家などがメジャーデビューしたら急にその音楽を聴かなくなる、とか。

そういう話を僕はこれまで 独占欲的な視点からなんとなく理解していたのだけれど、あえて今回イラストについていえば、単純にその人の描くものが好みのイラストではなくなった、という話なのかもしれないと思った。

イラストレーターというのは、僕の理解では、アーティストというよりエンジニアだ。芸術ではなく、技術を商品にしている人たち。だから、イラストレーターが表現するものは自分ではなく、顧客である。発注者としての顧客がいて、受注者としてのイラストレーターがいる。完璧な発注など存在せず、受注側がある程度イメージを補完しなければならない部分はあるにせよ、基本的には発注通りに、発注者のイメージ通りに成果物を納品することこそが、受注者には求められている。受注者には、イラストレーターには、我を出すことは求められていない。むしろ忌避される。

イラストレーターとしては、腕を上げれば上げるほど、通常は我を出さないことに長けていくのではないかと思う。というと、個性の塊のような超絶技巧を持っているイラストレーターの面々を反証として出されてしまうかもしれないが、個性は我ではない。また、我を売りにしているのはイラストレーターというより、アーティストである。いわゆる画力の高い低いは、アーティストとイラストレーターとを分別しない。

例えば、漫画家の鳥山明を考えてみる。鳥山明のイラストは個性に溢れていて、一目見ればそれが鳥山明のイラストであると判別できてしまう。だがその個性は、他と判別可能という意味を持っているに過ぎない。それに価値を見出せばブランドとして機能こそするが、本質的にはどこまでいっても外面上の特徴でしかなく、内面には一切触れていない。

成果物には、制作者の個性が現れてしまう。だが、そこに「これを作りたい」「これを表現したい」という制作者の内面である”我”があるとは限らない。もし鳥山明がネットの噂にあるように自らの我を殺して出版社や編集部の言うがまま求められるがままドラゴンボールなどの作品を作っていたのだとしたら、鳥山明はアーティストではなくエンジニアだったのだと思う。それを悪いとは思わない。良し悪しではない。単に、仕事における立ち位置というか、役割というか、関係性というか、そういうものというだけの話である。

通常であれば、通常の発注者と受注者というだけであれば、話はこれ以上広がらない。しかし、イラストレーターの場合は、イラストの場合は、ここに第三者としての我々消費者が関係してくる。

今まで趣味絵を見ていて好きだった絵描き・イラストレーターのことを、仕事絵を見るようになってからだんだんと好きでなくなっていく。だとしたらそれは、仕事絵において失われた我をこそが好きだったということなのではないか。我を殺せることは、発注者から見るとメリットであり前提条件でもあるが、消費者からは決して望まれない。その上でイラストレーターは、我を出さず、それでもその人なりに仕事をこなしていく。それが個性となる。もしそういったイラストレーターの姿を見て応援できないとしたら、もともと絵を描く人間のことは好きではなかったか、興味がなかったという話なのだろう。どんなに絵自体が好きだったとしても。

文句を言ってはいけないな。あるイラストレーターにとって、自分は客ではなかったというだけの話である。自分はファンではなかったかもしれないし、さらに言えばそのイラストレーターがファン向けに仕事をしているとも限らない。イラストレーターはアーティストではない。エンターテイナーでもない。依頼を受け、応える。そういう仕事だ。だから、文句は言えない。残念な気持ちは拭えず、寂しさすら感じるけれども、それはどこまでいっても自分本位な感情であって、その人の生活を支えられるわけでもない。アーティストになってくれ、芸術家になってくれだなんて、言えない。そのんな無責任なことは、言えない。少なくとも、お金がない限り。

そう思うと、芸術家のパトロンになろうという人の気持ちがほんの少しだけわかる気がするし、pixivFANBOXなどの最近の支援サービスには淡い期待を抱いてしまう。仕事絵を描いてくれたっていい。ただほんの少しだけ、たまにでもいいから、自由に我の強い絵を見せてほしい。そういう気持ちで、月々数百円ばかりを放り投げる。傲慢にも、横柄にも。

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